幸福感の育て方 〜最初は赤ん坊のように〜

人間のあらゆる感覚の中で、幸福感ほど繊細なものはないと覆う。

 

だけど、そもそも「幸福の本質」が「繊細で、気恥ずかしがり屋」なのだとすれば、

僕らはいつまでも「安定した、大きな幸福感」にはアクセスできないんじゃないだろうか。

 

もし幸福の本質が繊細なら、不幸に対しての武器にはならない。

「最高の環境」で「最小の幸福感」だけを得られても、環境の変化に弱くては、再現性がない。

 

僕もたまに「あ、これが幸福感だ」というものを見つけるけど、

それはあまりに微妙なもので、すぐに消えてしまう。

 

なんだか幸福というものは「すごく脆弱なもの」「安定度の低いもの」のように思える。

 

 

 

 

 

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これには二段階の理解をすることが出来ると思う。

幸福感は、見つけたばかりの頃は「赤ん坊」みたいなもの。

 

生まれたての赤ん坊は、とても繊細で、弱い。

だから、僕らが守って、育ててあげなければいけない。

 

だけどすくすくと育てば、強くなるし、多少のことではビクともしなくなる。

 

 

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順調に育てていけば、やがては太陽のように、強いエネルギーを持った、安定した幸福感を得られるようになるかもしれない。

 

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この理解では

「最初は、繊細で弱いもの」

「育てて、大きく出来るもの」

ということが両立する。

 

大事なキーワードは「育てる」だ。

 

これは幸福感に限らず、あらゆる心の要素に言えることだと思う。

 

「自分が育てたい能力」があるとして、それは最初は、赤ん坊みたいに繊細なものだ。

ほとんど見つからなかったり、すごく小さいエネルギーに思える。

何度も見つけるなんて不可能だとさえ思えるかもしれない。

 

だけどそのエネルギーは、今後もずっと同じ状態にとどまるとは限らない。

より安定度の高い、アクセスしやすいものに変わる可能性があるのだ。

 

なので、幸福感などのエネルギーがいかに「繊細で微妙なもの」に思えても、

それを「脆弱さ」だと理解せずに、何度でも集中して、アクセスを繰り返すのが良いと思う。

 

なぜなら、たとえどんなに繊細な感覚でも、何度も顔を合わせて、通り道が出来るほどに、会いにいける回数は増えるはずだからだ。