マインドフルネスやってみた

瞑想で人生のレシピ作り

ヨガと瞑想、どっちが良いの?

瞑想とヨガは友達みたいなものだと思う。

かなり近い分野にあることは確かだ。

 

瞑想にヨガを取り入れると、体がとても心地良くなって、集中しやすくなる。(筋トレや運動よりも、親和性が高いと思う)

逆にヨガの世界でも、補助的に瞑想を取り入れていたりするらしい。

 

では瞑想とヨガ、一体どちらが「良い」のだろう?

どちらをすべきなのか、それとも両方を実践した方が良いのだろうか。

 

結局どちらが「お得」なんだろう。

 

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ヨガの木立のポーズのイラスト(男性) | かわいいフリー素材集 いらすとや

ブッダはヨガをしなかった

瞑想者にとってひとつ励みになるのは、ブッダがヨガをしていたわけではないということだ。

おそらく、ただ座りながら瞑想を深めたのではないだろうか。

(大昔のことなので、真実は分からないけれど)

 

つまり、悟りにたどり着くためには、必ずしもヨガは必要ないことが分かる。

ヨガは瞑想にとても役立つかもしれないが、必ずやらなければいけないわけではない。

 

やっても良いし、やらなくても良い。

好きな方を、好きなだけやれば良いと思う。

 

ヨガの効用

ところで僕自身は最近、瞑想にヨガを取り入れている

ヨガをした後の瞑想はとんでもなく気持ち良い。

 

座り疲れたら、いちど立ち上がって軽いヨガをすると、またしばらく瞑想を続けることが出来る。

だいたい30分から1時間に1度ぐらいは「気分転換のヨガ」をおこなうバランスだ。

 

瞑想を始めると、じわじわと集中力が上がり、途中でピークが訪れて、最後には下降線をたどる。

これを一連のセットとして「もう集中力が戻らないだろうな」という時点で、ヨガをしてみるのだ。

(これは人の集中力が続くのが45分〜90分ぐらいだという話にも合致する)

 

このパターンは、なかなか良いリズムを生んでくれている。

 

心と体は兄弟

 

ヨガをしていると、体の状態が瞑想にかなりの影響を与えていることに、改めて気付く。

 

僕はストイックな性格なので、最初は

「体を動かすなんて、ずるい感じがする」

「心のトレーニングなのに、体を動かしたら訓練にならない」

というイメージを持っていたのだけど、

心も究極的には「体が内在化したもの」だと理解すれば、お互いを区切る必要はないのだ。

 

集中力が続かないよりも、続いたほうがずっと良い。

瞑想にも気分転換があった方が良い。

運動学的にも「座りすぎは体に悪い」と言われている。

禅の修行でも1時間に1度は立って歩いたりする。

 

半分は心。

半分は体。

 

だから体を大事にするのも、上手い瞑想のコツなんだ。

自分で出来るヨガのコツ

ヨガと言っても、決して本格的なものでも「正式なもの」でもない。

ただ「体の声を聞いて、一番気持ち良い動きをする」だけだ。

 

辛い動きは一切しないし、頑張ることも全くしない。

「一番気持ち良い動き」を「一番心地良い強度」でおこなう。ただそれだけだ。

 

僕はヨガのトレーナーでも上級者でもないが、

これがヨガの究極のエッセンスだと思っている。

 

「太陽礼拝」などの体の動きは、あくまで、数千年のヨガの歴史のなかで編み出された「最適解」なんじゃないだろうか。

ものすごく理にかなった一連の動きだなと思う。

 

だけどそれよりも重要なのは「エッセンスの実践」だ。

 

なにより自分自身の体が「ものすごく心地良い」と感じている限り、それはまず間違いではないと思う。

 

オススメのポーズ

個人的なオススメとしては、ものすごく簡単な動きからやってみること。

最高にシンプルな動きでも、体の動かし方や意識の向け方ひとつで、かなりの心地良さを感じることが出来る。

 

  • 手でゆっくり、大きく円を描く
  • 頭に血を送り込むイメージで、頭を下にダランと垂れる
  • 「どんな方向に動きたい?」と自分の体に聞いて、無理せずに動かしてみる
  • 「頑張って動いている感じ」がしたら、必ず強度を弱める

 

こんな感じで良いと思う。

 より複雑な動きは、ヨガが上達してきて「物足りなくなった」ときにやってみたら良いだろう。

 

これは、体の使い方を覚えるタイプの瞑想だと理解して良い。

より自分の肉体に敏感になり、使い方を覚える訓練だ。

こいつがとても楽しい。

より複雑な動きは、ヨガが上達してきて「物足りなくなったら」やってみたら良いと思う。