Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

観察レベルを上げよう!

人の「気分」には必ず「体の感覚」が影響している。 逆に「体の感覚」なしに「気分」は存在しない。

すなわち気分というものは、起源をたどれば、体の感覚に端を発している。(何の感覚も起きない気分というのが、想像できるだろうか?) つまり、観察レベルを上げることで、より自分の「気分」を「感覚」として理解することが出来るようになる。

観察レベル

たとえば、音楽を聴く時のことを考えてみよう。

平均的な人は、音楽をだいたいの雰囲気で聴いている。 だが、バンドをやっている人や、音楽通ならば、ひとつの音楽を聴いても、ベースやドラムの音や、ニュアンス、全体のハーモニーまでよりきめ細やかに理解することが出来る。

たとえば、スポーツを観戦する時のことを考えてみよう。

平均的な人は、どちらのチームが優勢か、劣勢か、どのぐらいの点が入っているか、ぐらいしか見ていない。 だがサッカー経験者や、サッカー通ならば、ひとつのゲームを見ても、フィールドで何が起きているか、それぞれの選手がどういう動きをしているかや、ゲーム全体の展開をより多様で、より深いレベルで把握することが出来る。

これは瞑想において、自分を観察するときにも当てはまる。 観察レベルを上げることで、今までよりも多くの要素を把握し、より解像度の高いディスプレイを使い、より全体を理解出来るようになる。

ここで重要なのは、初学者は初学者で「自分は、ぜんぶ見えている」と思い込んでいるということだ。 なぜなら「見えていないもの」は「見えていない」なので、自分では「何が見えていないか」がわからないのだ。 だが熟練者になると、過去の自分に「何が見えていなかったか」が理解できるようになる。

これは例え瞑想というジャンルではなくても、誰にでも経験があることだと思う。

感覚の見つけ方

では一体、どうやって「いま見えていないもの」を見つければ良いのだろう? 僕の場合は、次のようにした。

  • 落ち着いた、静かな場所で瞑想をする。
  • 何か思考が浮かんできたら、それが感覚に与える影響を観察する。
    • たとえば「Aさんのことが思い浮かんだら、体の感覚がこんな風に変わる」というのを観察する。
  • 思考と感覚を分離して理解してみる。
    • 思考は頭でくるくると回るもので、自分に起こっているのは体の感覚にすぎない。
    • これが成功すれば「つらさ」というものは感じなくなる。
  • この中で「分離出来ないもの」「気分を、体内感覚として把握できないもの」が見つかったら、何度もその発端となった思考やイメージを、自分で繰り返してみる。
    • たとえば「シーンBを思い浮かべた時に、気分に飲み込まれてしまいそうになる」「感覚ではなくて、現実が目の前にある気がする」ならば、そのシーンを何度か思い浮かべながら、素早く体の感覚を観察する。
    • 「体の感覚」だと理解できていない働きは何か、と意識を向けてみる。たとえば背中の感覚かもしれない。たとえば胸のあたりの感覚かもしれない。体のパーツではなくて、それ以外の別のものかもしれない。(たとえば、体内の圧力がアップダウンする感覚とか)
    • これを、好きな分だけ、気の済むまで繰り返してみる。
    • できれば、自分が圧倒されず、なおかつ、どうにか対処できそうなレベルのものを観察すると良いだろう。

このように書くと複雑そうに思えるが、そのとおり、心のプロセスを理解するには、慎重に、繊細に付き合ってやる必要がある。 何故ならば、そもそもこれは、見つけづらいものを見つけるクエストなのだから。

思考やイメージや体の感覚といったものは、なかなか素早い。そして、よく目を凝らさないと見えづらい。 だから急がなくて良い、ゆっくりとした時間をかけて、地道にやってみれば良い。

f:id:yumainaura:20170401083804p:plain

そして

心のプロセスのひとつずつは、いったん理解してしまえば、実にシンプルなものだ。

だが、あまりに複合的にプロセスが働いているため、どうしても複雑に思えてしまう。

だからこそ シンプルな理解 をすることが重要だ。 なぜなら シンプルな理解 をしていれば シンプルな対処 が可能になるからだ。