マインドフルネスやってみた

瞑想をペーストにした人生のレシピ作り

朝型になろう。早起きできない人のためのモーニングメソッド。

寝転びながらも、眠くならない方法。

朝早く起きて、二度寝をせずに、体を目覚めさていく方法。

 

たとえば、あくびをする。

たとえば、体を伸ばす。

たとえば、大きく呼吸をする。

言葉で書けば単純だが、これを絶妙なタイミング、強度、モーションでおこなってゆく。

 

決して、大きな動きをする必要はない。

ほんのちょっとした微妙な動きを繰り返していく。

これを1回の儀式で終わらせずに、コンティニューで続けていく。

こうやって体をだんだんとブートアップしていく。

 

エッセンスは「心地良く感じる、なおかつ、目を覚ますような動き」をすることだ。

 

体の中に「睡眠圧」を感じる度に、それを解消するような「動き」をしていくような感覚。

たとえばサーフィンでいえば「波が来たら乗る」という感じ。

波から落ちると眠りに落ちてしまうが、波に乗り続けることで、覚醒状態を保つことが出来る。

 

そもそも睡眠時間が足りていることは大前提だが、これはかなりの効果がある。

朝起きて、だんだんと体を動かして、覚醒状態を作ることが出来る。

 

 

 

僕が今日気づいたことは、たとえ布団の中にいても、目覚めを保つことが出来るということ。

むしろ覚醒状態を高めることが出来るということだ。

 

この方法で、僕は朝4時に起きて、眠くならないまま、2時間ほどの読書に成功した。

2時間の間中、身体感覚のバランスを取り、覚醒状態を高めながら、ものすごく心地良い状態で本を読んで、なおかつ集中することが出来た。

 

寝床で置きたてに本を読むのが、ものすごく集中できるシチュエーションだということには気付いていた。

だが成功するのは稀で、眠気が邪魔をして、ほとんどの場合は眠ってしまっていた。

 

身体感覚の中の「眠気」にさえ対処できれば、眠気を防ぐどころか、覚醒状態を高めることが出来る。

眠気や覚醒レベルは、自分の体の使い方ひとつで、どうにもコントロールする事が出来る。

 

「布団に入ったら眠くなる」とか、「顔を洗ったら目覚める」とか、そういった単純なことだけではないのだ。

布団に入っていても、顔を洗っていても、つまりは「体の使い方」ひとつで、覚醒レベルが変わってくるようだ。

 

 

瞑想では身体感覚が超重要

いつでも迷った時は、身体感覚に戻ってこよう。

 

本によっては「身体感覚に気付くことがマインドフルネスの助けになる」と書かれているものもある。

 

だが、こいつは助けどころではない。

身体感覚はマインドフルネスや集中力の大前提、絶対に欠かせないものだと僕は思っている。

 

特に身体感覚の中で、心地良いもの(JOY)を探す習慣は、ものすごく大きな能力だ。

なぜなら、たとえば瞑想をするにせよ、読書をするにせよ、スポーツをするにせよ、ベースに心地良い身体感覚があってはじめて、楽しめるし、集中することが出来る。

 

身体感覚に対して敏感であれば、逆に心地悪い感覚が起きても、それに対処することが出来る。

サーフィンであれば波に乗ることが出来るし、パラグライダーであれば風に乗ることが出来る。

自己洞察力が高まるということも、究極のところは身体感覚に敏感になるということだ。

 

稲浦悠馬 Yuma Inaura - 著者紹介

  • 大阪府のWeb系エンジニア
  • 2016年8月に「マインドフルワーク」を読んだのがきっかけで瞑想を始める。
  • 瞑想を、仕事上の問題解決のために使っている。
  • 愛読書は「サーチ・インサイド・ユアセルフ」「ジョイ・オン・デマンド」

 

瞑想は保険みたいなもの。プラン名は「レジリエンス」。

仮に何か事故があっても、あとで保障が降りる。

 

「何かあっても、あとで瞑想をすれば良い」

 

そう考えるだけで、安心できる。

 

整えることは、美しい。

頭で考えると、整えることには、ほとんど意味がない。

たとえば朝起きて、布団を整えても、大して生活に役に立つわけじゃない。

 

だけど整えることは、美を感じる行為だ。

少なくとも、日を感じるためのチャンスだ。

 

頭の世界では、何の意味もないかもしれない。

だけどまったく別の世界では、意味が働いていること

 

たとえば禅の世界でも、食事を作るという行為を重要視したりする。

整えたり、作ったりするという行為の中に、意味や、美しさが存在している。

 

もしも整えることに意味がないのであれば、頭で考える世界では、究極のところ、生きることにも意味がなくなる。

整えることに意味がある世界は、美を感じて、生の意味をキャッチする世界だ。

 

 

仕事中の瞑想でマインドフルネスを感じる

集中力が途切れた時や、疲れを感じた時は、ごく短時間の瞑想をすると良い。

たとえば5分、騙されたと思ってやってみよう。

 

「5分間の瞑想なんかに、効果があるはずがない」と思う時、こそ、やってみるとすごい効果がある。


瞑想は直感に反する。

僕は毎回、良い意味で期待を裏切られている。

 

もし座れる場所があれば、座って瞑想をしてみる。

そうでなければ、目を閉じて呼吸するだけでも良いかもしれない。

 

  • 呼吸や体の一部に意識を向けながら、心が静まるのを待つ
  • 休息している感じや、エネルギーの回復を感じ取る
  • もし仕事が出来ていることの喜びや、職場の人たちへの優しさが湧いてきたら、その感覚を感じ取ってみる

 

こうすると、仕事をすること自体への優しさを育んで、脳に刷り込ませてゆくことが出来る感じがする。

マインドフルネスは、仕事そのもののイメージを塗り替えてゆく。

 

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ペンキ屋さんのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

瞑想を長時間続けるのはやめなさい (ピークに敏感になろう)

大事なのは時間よりも質だ。
どちらか迷ったら、時間よりも質を優先しよう。

もし長時間の瞑想で質が落ちてしまうなら、時間を短くした方が良い。
その逆に、回数を増やした方が良い。

 

瞑想のピークをなるべく多く作り出そう。
ピークを何度も経験することによって、瞑想の経験値はグッと上がってくる。

 

瞑想関係の本にはよく、長時間の瞑想をする熟練者の話が出てくる。
だけどそれを初心者が真似しても、そのままうまく行くわけではない。
たとえばフルマラソンのランナーが42.195kmを走るからと言って、ビギナーにもそれが効果的な練習とは限らない。

 

それに、僕らの人生の時間は有限だ。
修行僧には多く時間があるかもしれないけれど、残念ながら、僕らにはそうではない。

 

だから時間にこだわるよりも、質にこだわろう。
全ての物事には始まりと終わりがあり、ピークがある。
それは瞑想も同じだ。

 

自分が感じる、一番良い時間で瞑想を終えるようにしよう。
たとえば心地良さや、集中力の高まりを感じているなら、まだ瞑想を終えるには早すぎる。
逆に眠くなったり、いちど落ちた集中力が戻ってこないようなら、瞑想を終えるのは遅すぎる。

 

瞑想のピークに敏感になると、すごいご褒美が付いてくる。
それは、頭が冴えることや、もっと瞑想が好きになれること、最高に心地良いこと、他のことをする時間が出来ることなどだ。

 

瞑想のピークに敏感になること自体が、自己洞察力を高めてくれもする。
なぜなら、自分の状態を観察しなければ、瞑想のピークは分からないから。