マインドフルネスやってみた

瞑想をペーストにした人生のレシピ作り

瞑想は肉厚のステーキだ 〜瞑想と勉強の関係〜

そのまま食べても、十分に美味い。

だけど上等な塩をまぶしたり、色々な調理法を知っていれば、さらに美味しく味わえる。

 

瞑想と勉強の関係もこれに近いと思う。

 

f:id:yumainaura:20171222000426p:plain


瞑想を実践するだけでも、肉厚のステーキを味わうことは出来る。

だけど他の勉強もすれば、より広がりのある味を楽しむことが出来る。

 

たとえば社会心理学や、人間の生体について学ぶことは、より生き方のバリエーションを広げてくれることだろう。

 

f:id:yumainaura:20171222000651p:plain

 

f:id:yumainaura:20171222000740p:plain

 

f:id:yumainaura:20171222000754p:plain

疑問

僕が常々抱いてしまう疑問は

「瞑想と勉強、どっちが大事なんだろう」

「幸福になるには、瞑想だけではダメなんだろうか」

ということだ。

 

何をどこまで勉強すれば良いのか。

どれだけ勉強しても、まだ勉強することが出てきて果てしなく思える。

瞑想だけではダメなのか。

 

これはきっと、自分がどんな形の幸福を受け取りたいかによる。

 

シンプルなステーキだけで十分に満足なら、それを食べ続けるだけで十分だろう。

だけど他の味も楽しみたいと思ったら、勉強するのも悪くない。

ステーキ自体の質も上がって、味わい方も深みを増したら、言うことなしだ。

 

ステーキを腐らせないための秘訣や、他の人に提供するマナーも身に着けていれば、なおさら良い。

 

だけどすべての根本は「肉厚のステーキがあること」だ。

肉が美味くなければ、どんな調理をしてみても美味くはならない。