集中する姿勢のコツ 〜瞑想のフォーム作り〜

薄々気付いていたけれど、集中力には「形」のようなものがある。

この「形」をうまく感じたり、思い浮かべたり出来ると、集中力が高まる。

 

僕の場合は、組んだ手と手、座っている足と足や、動いている呼吸、その統合的な感覚の中にひとつの「形」のようなものを感じる。

 

部分のようであって、全体で機能しているようでもある。

止まっているようでもあって、動いているような感じもする。

名前をつけられないような気もするし、名前があるような気もする。

すごく微妙な平衡感覚の中から、集中力が生まれてくるみたいだ。

 

集中力の源泉を見つける

「集中力」というと、僕は頭とか、胸のあたりの使い方をイメージしていた。

 

だけど最近気付いたのは「手先の感覚」や「足先の感覚」に注意を向けると、集中力が高まるということだ。

あとは冷たいとか、暖かいとかいう皮膚感覚。

 

まさか手や足の感覚が集中力につながっているとは思いもよらなかったから、このことに気付くのには時間がかかった。

「集中力」に対するイメージの持ち方ひとつで、違う世界が見えてくるようなきがする。

 

「集中力の源泉はどこにあるんだろう?」と、体の中を探してみるのが良いだろう。

人によっても感じ方は違うかもしれない。

 

姿勢の話

集中力と姿勢は関係している。

 

たとえば、

寝ながら瞑想をするよりも、

椅子に座りながら瞑想をするよりも、

座りながら足を組み、手を結びながら瞑想をする方が、ずっと集中しやすい。

(瞑想や座禅と聞いて、一般的に思い浮かべる姿勢だ)

 

昔から受け継がれてきた姿勢には理由があるのだと思った。

 

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座禅を組む男性のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

自分でフォームを見つける

瞑想や座禅の本で、事細かに姿勢について書かれた本があるのは、このためなのだろう。

 

だけど僕個人の考えとしては、最初から姿勢のディティールにこだわらなくて良いと思う。

最初から詳細を気にしても、混乱して、むしろ本質を失ってしまうんじゃないだろうか。

 

スポーツみたいにちゃんとしたコーチがいるなら別かもしれないけれど、個人で瞑想をするなら、まずは姿勢よりも「呼吸に意識を向ける」とか、エッセンスに集中した方が良い。

トレーニングを続けていて、姿勢のことが気になり始めたら、そこではじめて工夫してみても良いんじゃないだろうか。

 

本に書いてあるような姿勢を正しく守っても、それは外側をなぞるだけになると思う。

なぜなら「自分にとって一番良い姿勢」というのは、自分にしか分からない、本当にすごく微妙なものだと思うから。

 

感覚を磨く

スポーツでも姿勢やフォームが大事だと言われる。

けれど、外側の姿勢だけを気をつけてもあまり意味がない。

「心」が入っていなければいけない。

 

姿勢というのは、体や意識が「統合的に、最も良い働きをするため」にあると思う。

 

最も大事なのは「自分にとって、何が一番良い形なのか」を、本能的に見つける野生、サバイバル能力なのだ。 

(瞑想は「自分に最も良いものを、自分で見つける」という点で、サバイバルに近いものだと思う)

 

自分の中の「直感」「野生」を磨いた結果として、肉体的な姿勢や、内在的な姿勢が整っていくのがベストだと思う。

 

単純に「こんな姿勢をすれば集中できる」とか、

「こんな形をイメージすれば集中できる」とかいった部分化されたものではなく、より統合的な機能の中に集中力はある。

これには自分の感覚を磨くことが必要不可欠だ。