人の批判に強くなるイメージの描き方

人間は社会的動物なので、基本的に「批判」や「人の意見」にはすごく弱く出来ている。

なので「批判」や「意見」の付き合い方は、かなり重要だ。

 

たとえ強靭な肉体を持つアスリートだって、人の批判には弱いかもしれない。
だからこそメンタル面を鍛えることが重要だと言われるし、心理的なクリアリングのうまい選手が優秀な成績を残すんだろう。

 

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矢印の方向

 

よく言われることは、人の批判を「個人的攻撃」だと受け止めるのは、良い習慣ではない。

こういうモデルを描いていると、心身はダメージを受けやすい。

 

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矢印がどこに向いていると理解するか。

 

「自分」ではなく、

「物事」に対して矢印が伸びていると理解すること。

これが批判に強くなるための最初の一歩だ

 

「物事」は「自分自身」ではないし、
「矢印」も「自分自身」ではない。

 

このモデルを描くことは、人の意見を冷静に受け止める上での、大前提だと思う。

 

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まあ、これこそ「頭では分かっていても難しい」という話ではあると思うのだけど。

それぐらい「人の意見」との付き合い方は、そもそも難易度が高いからなのだと思う。

 

個人のコンテキスト


もうひとつ重要なことは、

人がひとつの「物事」に対して話す時は、

それぞれ別々の道を歩いてきた人たちが、それぞれ別のコンテキストで、意見を言うということだ。

 

なので、意見や解釈が違って当たり前。
それぞれに「屈折率の違うレンズ」を、何層にも通した状態だと言えるだろう。

 

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色の違い

なので、ひとつの物事が、赤色なのか、緑色なのか、紫色なのか、と話していても、
だいたい、結論が出ることはない。



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誰かを議論で打ち負かしても、相手は納得はしないだろう。

自分の「色」を、相手に無理やり認めさせても、時間が経てば相手も、それぞれの「色」に戻っていくだけだ。

 

 

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なぜならほんの一時の他者との議論よりも、お互いの「通ってきた道」や「コンテキスト」の方が、はるかに大きくて地盤が強いのだから。

カチアkんは宝物に似ている

そして個人の価値観や意見というのは「宝物」みたいなもので、
「これだけは譲れない」っていう性質のものだ。

 

 

「俺の宝物がいちばん価値があるんだ!」
「いや、私の方が!」

と競い合っても、そもそも色が違うんだから、勝負する意味はそんなにないと思う。

 

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それよりも、お互いが「別々の色の宝物」を持っていると解釈した方が、人生はうまくいくんじゃないだろうか。

(「そんなこと分かってるよ!」と思った人はごめんなさい)

 

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世界が敵に見える現象

もう1点。

 

誰しもいちどは経験したことがあると思うけど、

人に批判されると「世界中が敵に見える現象」というのが起きやすい。

 

たとえば5人の人間から、立て続けに批判されたら、世界中の人から攻撃されているような感覚を覚えても不思議じゃない。

 

 

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自分以外の5人が全て、自分とは違う意見を持っている。

この計算で言うと、世界中の人すべてが、自分の敵であってもおかしくない。

 

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数人の意見 VS 世界中の意見


だけど実際には、たとえば地球上の70億人の中の、(日本人であれば)1億人ぐらいの国民の、100万人ぐらいの地域の中の、1万人ぐらいコミュニティの、さらに数人から意見をもらっているに過ぎない。

これはリアル社会においても、ネット社会でも言えることだ。

 

 

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僕らが接することが出来るのは、ごくごく限られた人の意見だけであって、
残りの99.999%の意見は、いわばブラックボックスの中にあると言えるだろう。

 

(「サイレントマジョリティ」という言葉もあるように「声が大きい人の意見」が、そのまま世間の意見だとは限らない)

 

 

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その内訳は、蓋を開けてみれば「自分と同意見」が圧倒的かもしれない。

 

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逆に「自分とは反対意見」が大多数かもしれない。

 

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だけど重要な事実は、僕らはこのブラックボックスの蓋を開けることは、どんなに頑張っても出来ないということだ。

70億人に意見を聞いて回るわけにはいかない。

 

なので「世間の人はどう考えるんだろう」と妄想を掻き立てることは、あまり意味がない、というのが僕の「意見」だ。 


たとえばYahoo知恵袋で「常識」について質問したって、
回答をもらえるのは「Yahoo知恵袋をよく使うユーザー数人の、ごく範囲の限られた意見」だけ。

 

それは量的にも質的にも、とても「常識」と言えるものではないし、世間一般を反映させているわけではない。

 

ロジックが味方になる時

 そして、もし仮に、多くの人が自分と反対意見だとしても、
自分自身の「論理」を持っており、その道筋が整っているなら、人の意見に揺らされずに、自信を持ちやすいだろう。

 

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人の意見を取り入れる

もし人の意見を聞いて納得した部分があれば、
それを「勝ち負け」で判断するのではなくて「今後の自分の行動」を修正すれば良い。

 

これも、人の意見を「個人攻撃」だと受け止めずに、冷静な心を保つからこそ出来る芸当だ。

 

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まとめ

最後にもう一度だけ思い出す。

人は基本的に、批判にすごく弱い。

 

なのでここで紹介したようなモデルを、頭で何度描いたとしても、
すぐに批判や意見に強くなれるわけではないかもしれない。

 

だが「適切な地図」をよりどころとして、心の持ち方を工夫することなら出来るだろう。


 

基本的なモデルを理解して、心を平静に保ち、
他の人の「コンテキスト」や「意見」に対して、愛さえ感じられる状態。

 

これは人間として、そんなに悪くないものなんじゃないかと思う。

 

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マインドフルネス、やってみよう。

心を平静に保つなら、なんと言ってもマインドフルネスのトレーニングが有効だ。

 

「社会的不安を感じている自分」「人の批判に反応している心」を観察することで、それが「世界の縮図」ではなくて「ただの自分の反応」であることに気付けるかもしれない。

 

難易度が高いだけに、課題として取り組む価値は十分にある。

 

 

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