決定疲れを防ぐ戦略 〜もう二度と迷わない方法〜

「迷うことは、どちらでも良い」と理解する

僕らは、重要ではない事柄に関しても、重要であるかのように思い込む癖がある。 たとえば僕の場合、街を歩いていて「どの道を曲がるか」ということにさえ、迷いを感じている自分に気付く。(どちらの道のほうがマインドフルになれるだろうか? なんて)

その昔、TV番組である芸能人が言っていた。 「迷うということは、どちらでも良いってことだ」って。

この話を、僕はずっと時間が経った今でも覚えている。

重要な事柄に関しては、よく考えるべきだ。 だけど些細な事柄に関しては、迷う価値がないということがほとんどだ。

たとえば道Aを行っても、道Bを行っても、自分がどんな気持ちになるかは分からない。 どうせ人間の決定は、思うほど結果をコントロールできない。

それならば、些細な事に関しては「どちらでも良い」と理解して、決定の重要度を下げてしまうこと。 自分が些細な事に迷いを感じているのに気付いたら、「どちらでも大して変わらない」と、迷いを手放してみることだ。

瞬時に決定する

決める時間が短ければ短いほど、意志力を消耗せずに済む。 なぜなら、心の中で何回も、迷いと決定を繰り返さなくて良いからだ。

  • Aが良いだろうか。
  • それともBが良いだろうか。
  • よしAに決めよう。
  • でもやっぱりBの方が良いかもしれない。
  • そういえばCという選択肢もあるな。
  • Aの後にBをするという手もある。
  • 仮にAに決めるとしたら、 A-1 A-2 A-3 というバリエーションがある。
  • 仮にBに決めるとしたら、 B-1 B-2 というバリエーションがある。
  • A-1 と B-2 ではどちらが優れているだろうか?

と考え続けていれば、それは決定疲れを起しても仕方がない。

迷いの時間は、短ければ短いほど良い。 なので、瞬時に決められることは、瞬時に決めてしまった方が良い。

特に些細な事柄に対しては。

f:id:yumainaura:20170423092227p:plain

コストパフォーマンスを考える

僕らはだいたい「良い選択さえすれば、良い結果が出るはずだ」と考えている。 まさにそのとおりなのだけれど、あまりコストパフォーマンスは意識していないはずだ。

「意志力の消耗」というバロメータを持っていないのだ。

だがたとえば +10ポイントの結果の向上のために、意志力を100ポイント使ってしまうのは、非常にもったいない。 意志力を100ポイント消費したとしても、結果が向上するという保証もない。

たとえばコンビニで「コカ・コーラを飲むか、ペプシコーラを飲むか」ということでずっと悩み続けるとしたら、心のパワーがもったいないだろう。(それを楽しんでいるならば、ともかくとして)

些細なことに意志力を使わないようにしよう。

「迷っても結果はコントロールできない」と理解する

正確に言うと、それほどはコントロールできない。僕らが思うほどには。

たとえば飲食店のメニューを見ながら「メニューAとメニューBを頼んで、どちらが少しでも幸福感を得られるだろうか」とイメージし続けても、結果の良し悪しは、どうせそれほどコントロールできない。

なぜなら自分の舌がどう感じるかは、ある部分、予想不可能な領域だからだ。

  • その店で頼んだことのないメニューであれば、そもそも正確な予想は不可能だ。
  • 自分の体調、空腹感、シェフの腕、味付けなど、全ての要素を分析して、総合的に幸福度を予測するのはこんなんだ

僕らには「コントロールしようとする癖」がついている。 その結果、ただ意志力を消耗させている。

これは「株式の上下は予測できないにも関わらず、予測できると思い込む」のと似ている。 「競馬の結果は予測できないけれど、予測できると思い込む」のにも似ている。

僕らは、予測の結果が当たれば喜び、外れれば残念がる。 当たれば自分の賢さを祝うし、外れれば自分の愚かさを乗ろう。 そして人生の中で、この予想の精度をより正確にしていこうと考える。

だけどそこにあるのは「コントロールできた」という錯覚と、「もっとコントロールできるはず」という幻想だけだ。

飲食店でメニューAを選んでも、メニューBを選んでも、どちらにしても、人生の幸福度はそれほど変わったりしない。 それよりも大事なのは、出されたメニューをよく味わって食べることだ。

もし「食事の選択」が自分にとって重要な事柄なのであれば、あとで時間をとってゆっくり考えてみれば良い。 (その時は、瞑想しながら、ゆっくり考えてみることをオススメする)

重要なことは、瞑想しながら考えてみる

人生で何度も心に訪れる「迷い」であれば、それは自分にとって重要なものかもしれない。 その時は、瞑想をしながら考えてみることをオススメする。

では、瞑想をしながら考えるのと、普段から考えるのとでは、何が違うのだろうか? それは考えのクオリティ、そして決定のクオリティがまるで違ってくるということだ。

人間は、何度も迷ったからと言って、良い決断が出来るとは限らない。 思考のクオリティが低ければ、決定のクオリティも低くなる。もしくは、決定できずに永遠に迷いを繰り返すことになる。

重要なのは、より良いクオリティで考え、そして決定をおこなうということだ。

瞑想をしながら、落ち着いた環境で、じっくりとひとつの事柄について考えてみることで、意志力の消耗を抑えつつ、思考することが出来る。

具体的な方法としては、目を閉じながら、ひとつのテーマについて考えて、自分の反応を観察してみるだけで良い。

  • どんな思考が頭の中をめぐるか
  • 思考に対して感覚はどんな風に反応するか
  • その感覚はどこから来ているか

をよく観察してみよう。

今までに見えなかった問題点や、新しい視点、そして答えが見えてくるかもしれない。

注意

何が重要な選択で、何が些細な選択か。 これは個人によって違うものだ。

だが、まずは「本当に些細な選択」に対して実践することをオススメする。

勢い余って「家族・友人への連絡」や「仕事での決断」など、他の人が関わる事柄に対して実践するのはオススメしない。 それはおそらく「むしろ、意志力を使うべきもの」かもしれないからだ。

僕らが意志力を温存する理由は、より重要な事柄を決定しやすくするためだ。これは手段であって目的ではない。