思考と感覚と認知の違い

これは専門的な見解ではないので注意してほしい。 だが僕は今、この理解の仕方が最もしっくり来ている。

混ざり合った自分

僕達は普段「自分」というものを曖昧に理解している。

「自分」というものが形成されるにあたって、本当はいくつものプロセスが複合的に働いているのだが、これを単一の働きと捉えてしまっている。 いわば融合した状態。ぐちゃっとした状態だ。

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思考と感覚と認知

思考と感覚と認知。 心のプロセスは、この三つに分かれていると理解してみる。

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思考と感覚

思考は感覚に影響を与えている。

この逆もまたしかりだが、思考と感覚の「融合」さえ起こさなければ、感覚が思考に影響を与えることはなくなる。 お互いを出来るだけ独立させておくことが出来る。

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認知

認知はこの「思考」と「感覚」二つを観察し、見守ることが出来る。 お互いがお互いに影響を及ぼしている、そのプロセスを理解することが出来る。

認知が「思考」と「感覚」が別のものだと理解していれば、二つの「融合」を防ぐことが出来る。

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どれが本当の自分?

  • 思考を自分だと思っても良いし、感覚が自分だと思っても良いし、認知が自分だと思っても良い。
  • この三つのプロセスが複合的な働きを、自分だと思っても良い。
  • そもそも「自分がどれか」を決めなくても良い。

重要なのは、どういった認識をすれば、自分を幸福に一番近づけることが出来るか、ということだ。

参考文献

  • 幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない: マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門

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